もやし社長の47歳日記

ひよっこガリガリ社長の僕が、とある入院をきっかけにこの貧弱体系に卒業を誓う。日々の筋トレと経営について、そして学生時代の思い出を思いのままに書いて行こうと思います。皆様よろしくお願いいたします。

United States of America vol.16

1989年夏、アメリカに島流しにあった僕。

アメリカ に対する画像結果

その日から1年が経とうとしていた。

 

人生で初めての事がてんこ盛りの1年。

 

 自分の小ささ弱さを、

そして無知さを思い知らせれた一年。

 

少しだが、

アメリカ生活にも慣れて来ていた。

 

黒人にチンチ〇って言うあだ名を貰った。

シバかれて入院もした。

新聞にも載った。

車も買った。

ガス欠でヒッチハイクもした。

パトカーにも乗った。

銀行口座で小切手も作った。

 

あっそうそう、

一人暮らしも始めた。

 

引っ越し理由はルームメイトのマイクが毎晩彼女を部屋に連れ込んで来て

デスク越しにHをするので・・・涙

 

引っ越しも契約も一人ですべてした。

 

電気・水も引いた。

保険にも入った。

 

 

アメリカはテネシーで。

ネットも携帯もない時代に。

UTM寮 に対する画像結果

そしてその頃

僕の英語学校のレベルも最上級のになっていた。

 

あの僕がだ!

 

もはやキセキ

 

アルファベットの練習から学んだ僕。

筆記体のGとFが書けなかった僕。

 三人称単数現在が分からなかった僕。

 

その頃では

学ぶレベルも結構HEAVYな内容で、宿題なんかもめっちゃ難しくって。

university of tennessee martin に対する画像結果

量も多い。

 

先生曰く、「大学はこんなものでは無い、もっと大変だぞ」と・・・

 

 

英語力って言うと、

 

生活には困らない程度のレベルまでは来ていたかと思う。

 何を言いたいかは理解できるようになってたし、

言いたいことは言えるレベル。

読むのもなんとなくは分かる。

書くのも文章は幼稚なものの書けた。

 圧倒的に単語量が少なかったけど。

 

それでは話にならない。

 

僕は州立大学を卒業しないと帰国できないのだから。

 

よって

大学に入るためにはこのレベル6ってクラス

を突破しないといけないのである。

 

もしくはTOEFLっていうテストを500点ほど取らないとイケない。

toefl に対する画像結果

 

 アメリカはなんせディスカッション(意見交換の場)が多く授業で用いられる。

そしてレポート提出量が多い。

 

その当時はパソコンやインターネットが無いので、

ペンダコってやつが生まれて初めて出来るほど

書いた。

 

そして理解していないと話せないので

その場しのぎの勉強ではすぐにばれる。

 

このレベル6クラスの期間、

2か月間は本当に勉強した。

 

生まれて初めてかも知れない。

こんなに勉強したこと無かったから・・・

 

まぁ大学に入ってからもっと地獄を見ることになるんやけど・・・

 

不思議なことに「アメリカの大学に通いたいって」思う僕がいた。

 

あんなに日本に帰りたかったのに

 

 

一回やってみたかった、

映画のような、

アメリカの大学生活を

university of tennessee martin に対する画像結果

 

一度は

白人でブロンズのお姉ちゃんと付き合ってみたかった

 

白人モデル に対する画像結果

 

映画のようなPARTYをしてみたかった。

アメリカのパーティー に対する画像結果

 

そんな不埒な想いで頑張れてしまえる僕。

 

なんか出来る気がして来ていた。

 

とにかくこのレベル6をクリアしてやる。

 

そうすればそこにはパラダイスが待っているはずだ!!

 

university of tennessee martin に対する画像結果

 

 GO! FIGHT! WIN!